| はじめに 日本サブカルチャーを読むための史的展望 |
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1-27 |
| セカイ系文学の系譜 宮沢賢治からゼロ年代へ |
押野 武志/著 |
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31-60 |
| 山川直人『100%の女の子』における合成の機能 村上春樹の原作小説との対照 |
西田谷 洋/著 |
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61-80 |
| 『食堂かたつむり』試論 倫子のイメージをめぐって |
水川 敬章/著 |
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81-105 |
| 生と死の狭間で歌う少女 AKB48から美空ひばりへ、リン・ミンメイへ |
千田 洋幸/著 |
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107-128 |
| ドライビングゲームにおいて、いかにして「物語」はマウントされるのか、あるいはされないのか |
竹本 寛秋/著 |
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129-153 |
| <操り>という亡霊 東川篤哉『ここに死体を捨てないでください!』 |
諸岡 卓真/著 |
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157-180 |
| pixivという未来 「クィア・アダプテーション」としての二次創作 |
岩川 ありさ/著 |
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181-199 |
| <関係>を書くことの可能性 百合小説・中里十『君が僕を』論 |
佐藤 亮/著 |
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201-221 |
| ミステリとライトノベル 谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズにおける物語世界の構成 |
横濱 雄二/著 |
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223-249 |
| 物語としてのゲーム/テレプレゼンスとしてのゲーム 『バイオハザード』を例として |
榊 祐一/著 |
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253-286 |
| サブカルチャー批評の現在と未来 三・一一以後のサブカルチャー批評は何を表象すべきなのか |
柳瀬 善治/著 |
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287-318 |
| あとがき 戦前期の大衆文学論に触れながら |
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319-326 |