| <記憶>を書く男たち 青山光二と耕治人の老老介護小説 |
佐々木 亜紀子/著 |
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37-74 |
| 介護するのは何のため? 家族介護の動機付けをめぐって |
山口 比砂/著 |
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83-114 |
| 高齢社会の「解釈」を変える 有吉佐和子『恍惚の人』と<現実>の演出 |
米村 みゆき/著 |
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123-160 |
| 管理される「老い」/監視される「主婦」 一九六〇年代『瘋癲老人日記』が語る介護 |
杉田 智美/著 |
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169-202 |
| 介護と<反介護>の風景 されたくない「私」からの解放を求めて |
古川 裕佳/著 |
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211-239 |
| どこで暮らすか?誰と暮らすか? 高齢者の性愛と<介護小説>の可能性 |
光石 亜由美/著 |
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247-291 |
| <老い>と<狂気>の物語 島崎藤村『ある女の生涯』はいかに語られたか |
佐々木 亜紀子/著 |
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301-322 |
| たとえ記憶を失くしても 認知症の人々に残る心 |
大鹿 貴子/著 |
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75-78 |
| 高齢者夫婦の行方 最晩年、最期、そして死後 |
佐々木 亜紀子/著 |
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79-82 |
| 『抱擁家族』の三十年後 小島信夫の<介護小説>における反因果性 |
崔 正美/著 |
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115-118 |
| 精神的ケアとしての「傾聴」 ドレス・レッシング『夕映えの道』 |
山口 比砂/著 |
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119-122 |
| 介護報道をめぐって 石坂浩二・浅丘ルリ子の離婚劇 |
大鹿 貴子/著 |
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161-164 |
| 宮崎駿の描く“老い” 『ハウルの動く城』の場合 |
米村 みゆき/著 |
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165-168 |
| 私の病気は誰のもの? 被介護者のインフォームド・コンセント |
大鹿 貴子/著 |
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203-206 |
| <介護小説>の外側で 映画『殯の森』『わらびのこう』、介護短歌にみる<介護> |
杉田 智美/著 |
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207-210 |
| 女中の介護/女中を介護 家族の境界にいる使用人たち |
古川 裕佳/著 |
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240-243 |
| 佐江衆一の描く「介護殺人」小説 『老熟家族』について |
崔 正美/著 |
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244-246 |
| マイノリティの老後 映画にみる新しい老後の生き方 |
光石 亜由美/著 |
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292-296 |
| <老女>のセクシュアリティ 円地文子の描く「山の女」 |
崔 正美/著 |
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297-300 |
| 介護の場としての「精神病院」 『恍惚の人』『花いちもんめ』にみる社会的入院 |
光石 亜由美/著 |
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323-326 |
| 高齢者の「演技」 東野圭吾『赤い指』 |
米村 みゆき/著 |
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327-331 |