| <生表象>とは何か? |
森本 淳生/著 |
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11-34 |
| 戯れ言をまじめに読む エラスムス『痴愚神礼讃』と古代模擬弁論の伝統 |
堀尾 耕一/著 |
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39-55 |
| 自伝誕生をめぐる神話 ルソーの『告白』受容の一側面 |
桑瀬 章二郎/著 |
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56-74 |
| 表象の失調へと注がれる眼差し スタンダールと鏡の経験 |
片岡 大右/著 |
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75-95 |
| 自伝と過去の現前 レチフ・ド・ラ・ブルトンヌからネルヴァルへ |
辻川 慶子/著 |
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96-112 |
| ジェラール・ド・ネルヴァルの『オーレリア』あるいは書物と人生 ロマン主義の百足 |
ジャン=ニコラ・イルーズ/著 |
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113-130 |
| 「師」の表象 本居宣長の場合 |
田中 康二/著 |
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133-151 |
| 歌舞伎役者五代目市川団十郎の引退 |
廣瀬 千紗子/著 |
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152-165 |
| 書かされる「私」 作文・日記、そして自伝 |
安田 敏朗/著 |
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171-190 |
| 「花咲く乙女たち」の作文教育 |
中野 知律/著 |
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191-207 |
| 「証言の時代」の幕開け 第一次世界大戦戦争文学をめぐって |
久保 昭博/著 |
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208-225 |
| オートフィクションとしての理論 フロイトのケース |
立木 康介/著 |
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229-247 |
| ライフヒストリー・レポートの無謀と野望 柳田民俗学を「追体験」する |
菊地 暁/著 |
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248-263 |
| 「戦争詩」から「自伝/オートフィクション」へ <生表象>の帰属と文学性の問題について |
吉澤 英樹/著 |
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267-283 |
| 植民地において<私>を語ること、<私たち>を語ること エメ・セゼールからマリーズ・コンデへ |
尾崎 文太/著 |
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284-302 |
| 「女」の自己表象 応答性・被読性と田村俊子「女作者」 |
飯田 祐子/著 |
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303-321 |
| 「文学」の拒絶、あるいは不可視の「文学」 |
坂井 洋史/著 |
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322-341 |
| 『わが秘密の生涯』を読む 性をめぐる自伝とフィクション |
大浦 康介/著 |
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345-359 |
| トーマス・マンの自己表象とモデルネ 『魔の山』を中心に |
尾方 一郎/著 |
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360-377 |
| ジャン=ポール・サルトル 生とフィクション |
ジル・フィリップ/著 |
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378-395 |
| 追憶の計画 谷崎潤一郎とジョルジュ・ペレックの<自己>構築における記憶とフィクション |
エステル・フィゴン/著 |
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396-408 |
| オートフィクションと写真 <本物>とは異なる価値観の形成に向けて |
塚本 昌則/著 |
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409-426 |
| 北京の日曜日 クリス・マルケルからミシェル・レリスに |
千葉 文夫/著 |
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427-446 |
| <文人>の集合的(自)伝記を書くとはいかなることか? |
ウィリアム・マルクス/著 |
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447-463 |