| フランクリン博士の子どもたち フランケンシュタイン、テスラ、そしてガーンズバック |
巽/孝之/著 |
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1-18 |
| パット・バーカー『ドアの目』論 得体のしれない恐怖という記憶 |
市川/薫/著 |
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21-52 |
| 生命科学と資本主義の協同、あるいは現代のディストピア マーガレット・アトウッド『オリクスとクレイク』における語り/フィクション/共同幻想 |
岩井/学/著 |
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53-83 |
| W・B・イェイツ「一九一六年復活祭」再読 「わかりにくさ」の意義 |
伊達/恵理/著 |
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85-130 |
| 記憶の庭と戦時の庭 ヴァージニア・ウルフの『幕間』を中心に |
森田/由利子/著 |
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133-159 |
| 「等価交換」で読み解くロアルド・ダール 散りばめられた理不尽な天秤 |
武井/博美/著 |
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161-187 |
| 戦争文学と「人間をまもる読書」 文化批判として読むリチャード・フラナガンの『奥のほそ道』 |
一谷/智子/著 |
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189-222 |
| やり遂げることのできない戦争の、その先にあるもの H・G・ウェルズ『ブリトリング氏、やり遂げる』を読む |
遠藤/利昌/著 |
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225-256 |
| G・オーウェル『一九八四年』を四度、読み直す ポスト・トゥルースの時代にあって真実を見つめる |
岩上/はる子/著 |
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257-287 |
| 芸術的可能性としての「神話」 |
矢原/繁長/著 |
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289-299 |
| 人間の時間を取り戻す試み 自伝/伝記文学の可能性 |
早川/敦子/著 |
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301-333 |